50年めの大きな玉ねぎ

日本武道館・京都タワーを設計した 建築家の祖父 『山田守』をめぐる コミックエッセイ

日本武道館・京都タワーを設計した
建築家の祖父『山田守』をめぐる 
コミック・エッセイです

 

タグ:山田守

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山田守の生涯の話に入らず
すみません


と言うのも、

本篇を描く前に

どうしても
 向井覺氏について

書いておきたかったのです。



向井先生は 

旧制四高・東大建築学科・戦時に海軍を経て

祖父が戦後どさくさ期に創立した
通信建設工業に入社。

その後祖父の紹介もあり逓信省に入省。
電電公社を経て独立し、
建設会社の社長を務めた

という経歴の方です。



とても誠実なお人柄で、
 
祖父は『後輩にして同志』と
人に紹介するなど、

随分頼りにさせて
いただいたのではないでしょうか。


向井氏は晩年に

きちょうめんな調査を重ねて

主に逓信省の建築家の
評伝
いくつも残してくださいました。


夭折した天才肌の岩本禄氏、

静謐な作風が祖父とよく対比される吉田鉄郎

そして祖父の書籍。


祖父の本については、
評伝だけでなく

ばらばらのままになっていた
ヨーロッパ出張での出来事
を書いた
祖母宛の手紙
一冊にまとめてくださったり
(コルビジェに会いに行ったときのことなどが書かれています)


趣味で書いていた
俳句
をまとめてくださったり…


それらの本・資料が

祖父の死後に生まれ、

祖父の姿を直接知らない孫の私に

祖母のテープとともに

沢山のことを
伝えてくださいました



その事を

この場を借りて

故・向井覺 先生に

厚く御礼申し上げます




※6コマめで
Y子の脳裏によぎった疑問については
本篇の中でおいおい
語っていきたいと思います


※守祖父の 酒の席での珍談奇談
一部では有名で、これも描いてて楽しい分野(笑)
また描きたいと思います

尚、祖父の名誉のために
申し上げるならば、

酒はむしろ弱い方で、
家庭ではあまり呑まず

酒の席での珍談を
家族は他人から聞くことが主だったとか。

なので、
酒乱のたぐいというより

旧制高校の乱痴気さわぎ
名残
仕事の鬱憤晴らしに 
やっていたような感じなのかなあ・・・
と思ったりしています

描いてて楽しい
守一人ストーム・・・

向井先生、すいません!




では、次の更新より

いよいよ山田守の生い立ち・ 
岐阜の話にまいります!




向井覺氏の著書の数々



手紙集と句集は非売品だったようです







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(つづき⑤へ→)

祖父の自宅が

一般公開され

 

あの家に

沢山の人が

入ると聞いたとき

 

私が

祖母の存在を


伝えなければいけない

気がして

ならなかった

のは

 

このような

祖父と祖母の

関係です

 

 

祖父は

2話でも

触れたように

 

建物をつくるとき

 

ありとあらゆる

方向から

 

建物が良くなるための

考察を

 

重ねる人でしたが

 

 

生涯を共にする

妻を

 

有能な

協力者に

仕立てあげることも

 

忘れては

いなかったようです

 

 

 

 

 

新婚の頃は

かなりハードで、

 

毎日夜中まで

海外の建築の本を

見せられ

 

どの建築が

いいと思うか、

 

パッと理由を

答えられるような

訓練を

させられたとか。

 

 

モノをつくる人は

分かると思うの

ですが、

 

自分は

制作に没頭するうち

 

作っているモノを

見慣れてしまうので、

 

最終的に

他人に見せる段階の頃には

 

出来たモノを

 

客観的に

見れなくなってしまうん

ですよね…

 

 

そういう時

 

自分の信頼できる

人物の

目で

 

見てもらうことが

できるかどうかが

大切だと

 

祖父は

考えていたと

思われます

 

 

祖母は

 

お金持ちの

出身なだけあり、

 

金沢の美しい

工芸品や

着物に囲まれて

育ち

 

東京見物なども

させてもらって

最先端のモノも

見たりしていたため

 

審美眼は

確かだったと思います

 

 

設計を

作り上げる段階で

口を出すようなことは

 

なかったはずですが

 

案として

見せられる段階では

 

かなり

有能な

助言者であったことは

間違いないと

思われます

 

 

しかし、

漫画でも描いたように

 

『そうだった』

というような事実は

伝聞で一致していても

 

 

たとえば

土下座をしたのか

しなかったのか

 

というような

シチュエーション

については

 

人によって

言うことが違い、

 

漫画で絵に描くのは

難しいなぁ

 

漫画の続きをを

書き続けられるか

否か

 

私は

住宅展の後

 

しばらく考えこんで

しまいまっていました…

 

 

しかし

 

その直後、

 

 

これを

描けばよいのでは?

 

と思えるような、

 

びっくりする

モノが

 

見つかったのです

 

 

次の更新に

続きます…

 

 

 



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3祖母の想い出600


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祖母の家は

 

独特の空気

張り詰めて

いて、

 

 

子どもは郊外で

ノビノビ育てたい

という

母の子育てが

裏目に出、

 

野猿

のように

うるさかった

Y子三兄妹にとって

 

かなり

緊張する

場所でありました

 

 

 

 

祖父の遺した

モダンな家の

中心に鎮座し、

 

その後

家に持ちこまれる

様々な問題を

 

品性が良いか

悪いか

の基準で

 

一刀両断

 

 

都心の家は

ただ維持するだけでも

大変なものですが、

 

 

祖父の遺志を

正しく受け継ぎ

 

 

祖父の没後

50年の

今日まで

 

変わらぬ姿で

あの家が

維持されているのは

 

祖母の功績が

大きかったと

思います

 

(サッシを取り替えるだけで

物凄い金額が

かかったとか…

 

それを

祖母は

実家の遺産を

やりくりして支払ったとか…)

 

 

それにしても、

若い頃

可憐だったと

噂される

祖母は

 

一体どのような

苦労のはてに

あのような

貫禄を

身につけたのでしょうか?

 

 


 

 

 

次の更新に

つづきます…

 

 

以下

【おまけ漫画】ですおまけブログ用-1 350dpi 600px

-2おまけブログ用350dpi 600PX


『おばあ
ちゃま

 

って呼ばなきゃ

いけないのが 

苦痛だった

記憶が・・・

(^_^;)

 

 

あ、

若い人は 

小森のおばちゃま

って

知らないですよね?

 

 

 

当時の小学生は 

 名前を聞くだけで

 もれなくマネしてしまう

 

面白い

おばちゃま

でした

 

40代以上の人に、

  『小森のおばちゃまって

 どんな人?』

 

聞いてみて下さい

 

 

 かなりの確率で

 モノマネしてくれると

思われます…


小森のおばちゃま Wiki







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住宅展②に直し①480

住宅展を終えて-2480

住宅展を終えて-3-1住宅展を終えて サムネイル住宅展を終えて-3-3住宅展を終えて-4
住宅展を終えて-5

(つづき③へ→)

住宅展は

 

関係者一同

びっくり!

 

大盛況でした。

 

 

 

1000人分のチケットで

用意していたところに

 

3000人以上

来て

いただいたそうです。

 

 

 

祖父も

自分が亡くなった後

 

そんな人数が自宅に

入ることなど

 

想定だにしていなかったと

思います!

 

 

 

来訪されたのは

建築関係の方が 

多かったようで、

  

これ

積載荷重オーバーで

底ぬけるんじゃね?

 

などのリアルな心配声が

ちらほら・・・

 

(^_^;)

 

 

 

行列ができて驚いた

最終日、

  

家に帰って

資料を見てみると、

 


その日は

まさに

祖父母の

95回めの結婚記念日

だったので

 

二度びっくり!

 

 

やはり

祖母のことを

漫画にしてみたいな、

 

 

昨年他界した

父の遺品を

整理してみると…

 

これも

オドロキの、 

とても感銘をうけるものが

出てきました。

 

 

 

そのことを

漫画にしたくて

 

色々調べまわって

いたのですが、

 


例えば

今回の


武道館の屋根の色

の変遷を知りたくて

 

竣工当時の

写真を探したのですが

  

どれもこれも

白黒ばかり!

 

(笑)

 

昭和39年(1964年)

じゃ

テレビも

白黒でしたしね・・・

 

 

などと

探したり

しているうち、

 

どんどん

時間が

過ぎていきました…

 

 

 

ようやく貴重なカラーの

 

竣工写真

複写らしきものが

出てきたので

  

こちらを

漫画に

引用しました

 

 

回想シーンの

青くなったら・・・

 

と言っている写真の方は

 

Y子が先月(2017年)

撮影したものです。

 

 

 

もののみごとに青くなり、

 

祖父の予告が

50年後に

実現したことが


本当に 

感慨深かった

です。





次の更新に続きます・・・





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