50年めの大きな玉ねぎ

日本武道館・京都タワーを設計した 建築家の祖父 『山田守』をめぐる コミックエッセイ

日本武道館・京都タワーを設計した
建築家の祖父『山田守』をめぐる 
コミック・エッセイです

 

タグ:山田守漫画


新コーナー?
【50玉 メイキングMEMO

毎回の
元ネタ・なぜこう描いたか?
ネタバレにならない部分を
メモしていきます

(漫画だけ読みたい方は
飛ばしてください)


①今回の話は
大垣中学の80年史
守について書かれた
友人の感想文が
残っていたので

それを元に
話をつくりました。


頭の長いお友達(o^^o)
中西君と言って

のち
出世して

守と
ある場所で再会します。


この時代に
旧制中学
旧制高校
に行った人は

数がとても少なく

そのためもあり

いわゆる
エリート職についた人が
多く

調べると
ウィキペディアがあったり
何かの賞の創設者になっていたり

色々資料が残っていることが
多いのに
驚かされます。


調べていて
面白いです。






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10−1−1
10−1−2
10−1−3
10−1−4
10−2−1医者にならなかった兄
10−2−2医者にならなかった兄10−2−3医者にならなかった兄

10−2−4医者にならなかった兄

10−3−1医者にならなかった兄
10−3−2医者にならなかった兄
10−3−3医者にならなかった兄
10−3−4医者にならなかった兄

10−4−1医者にならなかった兄
10−4−2医者にならなかった兄
10−4−3医者にならなかった兄
10−4−4医者にならなかった兄
10-5−1 医者にならなかった兄
10-5−2 医者にならなかった兄
10-5−3 医者にならなかった兄
10-5−4 医者にならなかった兄









家系を
一代や二代
遡れば

若くして命を落とした人や

成人出来ず
亡くなった子供
いる方は

とても 
多いのではないでしょうか。 


篤という
守の兄弟も

思い出話の途中で
消息が途絶えており

どうしたのかと
調べてみると

慶応義塾大
医学部予科
在学中に
亡くなったようなのでした。



兄弟のなかで
一人だけ
お金のかかる
私立校に
通っていたことで

一家の期待も
大きかったことが
うかがわれ

とても
残念です

・・・


一方
 
守の
13歳年上の
ですが、

守が
東大建築学科に進んだのは

兄が通っていたから
と 

高校の同級生に
語ったことが
伝わっており、



守が
建築家になる
きっかけを作った
キーマンと言えると思います。



しかし

漫画のネタバレになるので
詳しく書けませんが)

色々なことがあった人のため

守も
ほとんど静の話を
語り伝えておらず


そのため
なかなか 

謎の多い
人物なのです。

 

その中でも
静の
最大の謎は、

明治37年、

岐阜羽島から
帝国大学に進んだ人は
2人しか
いなかったという
 
時代に

なぜ


黎明期の
東大建築学科に
あえて入学したのか?

ということです。


(本家には、
医学部に行くと言って
家を出ていったことが
伝わっていました)



そこで私は
色々考えたのですが、



●「母は私が殺したようなものです」
と言って涙をこぼした

という
静のエピソード

本家の方の回想記
(1)
残っていたこと



また
静が10才頃に起きた、

●2番目の母の命を奪った
濃尾大地震


日本に出来始めた
西洋建築のもろさを
露呈させ


そこから
日本独自の
耐震構造が生まれていった


という時代と
重なることから



静が建築学科に
進んだ理由を

このように
描いてみました。


(鹿鳴館の設計者で
日本人初の建築家を
大学で育てた
ジョサイア・コンドル氏も

濃尾大地震の実態を調査し(2)、

日本初のオフィスビル
三菱1号館
耐震の工夫を取り入れたため

建物は
関東大震災でも
無事倒壊しなかった
そうです)
 


このように
 
当コミックエッセイは

プライバシーポリシーにも
書いておきましたが


一部

不明な
史実などに

作者の推測による
脚色等を
加えてあります

 その旨どうぞご了承ください


また、
 
そのような場合は

当時の時代背景や
建築の状況が
伝わるようなものを
入れていければ

思っております



★★★

さて

静兄の
もうひとつの謎

大学を
8年もかかって
卒業したのは
なぜ?
という事実に

次回は迫ってみたいと
思います !

 


次の更新に続きます 




参考
(1)慈母回想 山田計一(私家版)

(2)日本近代建築家列伝 丸山雅子監修 鹿島出版会

耐震構造の父 内藤多仲(動画)

濃尾地震と関東大震災(論文) 武村雅之 

近代日本の洋風建築  藤森照信  筑摩書房








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大垣1−1
大垣1−2
大垣1ー3 は訂正版

大垣1ー4 説明あり訂正版

大垣2−1



大垣2−2ー分割






大垣2−2ーところで新
大垣2−3



大垣2−4
大垣3−1
大垣3−2
大垣3−3
大垣3−4



★★★ 


守は広いひろい
濃尾平野の真っ只中の
生家で育ちましたが


3歳から18歳までを過ごした
旧制大垣中学も 

当時は 

広大な平野の中に
ぽつんと建っていた 
そうです 

ここで守は絵画に目覚め、 
洋画研究会という 
クラブに入って 

主に風景を 
スケッチブックに 
描くのが楽しみだったそうです 


また、当時は 
1905年終結の 
日露戦争 
の 
勝利の余韻が 
強く 
残っていたようで、 

明治維新後、 
西洋に追いつくことばかり 
躍起になっていた日本が 

はじめて 
大国ロシアを破り 
自信を取り戻した
時期でもあり 

当時の皇太子が 
数分 
学校を訪れた時は 

スーパースターを
迎えたかのような
熱狂の渦に 
包まれたそうで

記録に残っておりました。











祖父は
近代建築のパイオニア

言っていただくことが
多いのですが、

とにかく
西洋にしか前例のない
コンクリート・鉄・ガラス
を使った
建物
をつくるために

色々な知識を
一生涯かけて
インプットし続けた

人でもあったようです。


祖父が影響を受けたものは
建築からのみならず
絵画、俳句、哲学、園芸・・・

多岐にわたっていて、

それを追うのも
また
なかなか面白い
もののようなのですが、

人生の初期を過ごした
大垣の街を
まずは訪れてみると

なんと 

晩年につくった
京都タワーと
武道館

原風景

と感じさせられる風景に
出会えたことに 

驚いてしまいました。



若い頃の祖父は
「汚い山田さん」と
祖母の家の女中さんにまで
からかわれるほど

身の回りに無頓着な人でしたが

丸善で揃えた本のコレクションだけは
とても立派だったそうです

そのような西洋の本から
刺激を受けた
若い頃の作品↓は

非常にモダンで
image

image

西洋視察後↓
image

戦後↓
image

と、

このような作風の建物を
次々作っていた
ところに

最後いきなり↓
image

こうなので、

その飛躍は
当時の識者に
驚かれたようですし、

孫の私も
長年不思議に
思っておりました。



しかし、
武道館建設の
4年ほど前に手がけた

野田郷土博物館
野田加工写真2
の設計過程で
ある人との出会いが 
刺激となって

自分の中にある

日本の風土
というものにも

意識を向けるように
なったのではないか?

ということが、

色々調べるうちに
感じられるように
なってきました。


そして、

欧州から帰った時
「こういうものをつくりたい」と
語っていた決意や、

生涯をかけて
蓄積した知識の

全てが集約して
いった結果

武道館の
大胆なあの形が

ほとばしり出るように
生まれたのではないか?



と いう
一つの推論が

私の中に
生まれてきたのでありました・・・






その出会いのところまで
書くのは
長い道のりになりそうですが

パソコン環境も一新し
また気持ちも新たに
頑張ります

今年も
よろしくお願いいたします

取材協力 岐阜県立 大垣北高校

貴重な資料を
見せて頂き
ありがとうございました


次の更新に続きます 














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会の雰囲気が
少しでも伝わるように
まとめてみましたが 
いかがでしたでしょうか・・・



私としましては

花畑町別館を
自分の目で見ていないまま
お話をするのが
正直
大変だったのですが、

そんな状態を
助けていただいたのは

先の記事でも触れましたように

熊本に残る建物の良さ
発信している

【熊本ビル部】
さんの
 リーフレットの数々でした。

IMG_2043

ビル部さんは
女性が一人で
活動されているそうなのですが、

ご自身の愛着がある
熊本の近代建築を
リーフレットにまとめられ、


IMG_2049

 
写真と
一部イラストで
 
このように
建物の見どころを解説されています。

(こちらは当日会場でも配られたものを
許可をいただき掲載しています) 


これが
とてもわかりやすく、

そのおかげで

花畑町別館がどんな建物だったか
把握することができ、

また、

私が幼いころから
出入りしていた

祖父の家との
類似点

なども

みつけることができたと思います。



たとえば

花畑町別館の
光あふれる螺旋階段
と↓
IMG_2045
 

山田守自宅のエントランス


らせん階段の

相違点を
比較できたり
↓ 

IMG_2052


熊本ビル部さんのこちら↓では
手すりや建物の角も
丸くしてある

との
記述がありますが 
IMG_2046



山田守の自宅では
家の
角という角が
丸くされていて


それが何ともいえない
愛嬌がある様子?

なのを
紹介できたり。
↓ 

IMG_2054



また、
花畑町別館でも

冷房機器のない時代の

空調への工夫が
紹介されていますが




IMG_2051



祖父の家

コンクリート建物なのに
風通しがよく
心地よかったのですが、

その
窓の工夫と
通じるところが
あるのを知ることができました





IMG_2053


熊本ビル部さんは
建築の専門ではない
女性の方が

一人で活動されていて、

その
目線にも
とても共感を覚えました。

こんな風に、
ふつうの生活にある
建物のおもしろさ


発信していきたいし


また
そういうつながりを
増やしていけたら
楽しいな



思いました。


熊本ビル部さん

お世話になり
本当にありがとうございました



また、当日

山田守研究者の

大宮司勝弘先生
市民による近代建築保存運動の記録

という
論文を
いただきました

IMG_2044


けんちく寿プロジェクトさん

熊本ビル部さんのことも
触れられているのですが

こちらのリンク
から

ウェブ上でも読むことが
できるようです


保存活動の方々の
努力を知ることができる
貴重なお話です

興味のある方は
ぜひ
ご一読ください




さて
長くなりましたので・・・

漫画の内容には
あえて触れないで
おきます
( ・∇・)


今回
試みに
この記事のみ
コメント欄
下部に
もうけてみました
(スマホは設置ずみ)
(PCにうまく表示されない可能性があります)


当日
アンケートなどもなかったので

直接お話できた方からしか
感想がお聞きできず
心残りでした


当日いらっしゃった方、

また
この記事を読まれた方

よかったらどうぞ
感想などを

コメントいただけたら
幸いです


(承認制となりますが、ご了承ください)





さて、

4話まですすめてきた
熊本レポですが、


実はこのあと
Y子の
雑感を
エッセイ風に2話
書く予定で
進行していたのですが、


正直ちょっとまとまらず、

アップするか
お倉入りにするか
悩み中です・・・



ですので
次の更新は
どうなるか未定ですが

なるべく毎週日曜には
何か
入れておこうと思っています



では次の更新につづきます




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