50年めの大きな玉ねぎ

日本武道館・京都タワーを設計した 建築家の祖父 『山田守』をめぐる コミックエッセイ

日本武道館・京都タワーを設計した
建築家の祖父『山田守』をめぐる 
コミック・エッセイです

 

タグ:山田守孫




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⇨雑誌『白樺』が生んだ西洋美術ファンの話はここをクリック

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金沢4−5−2

金沢4−5−3


つづく

漫画のみ読みたい方続きはこちらクリック→金沢5話 運命の出会い


吉田鉄郎
『建築家吉田鉄郎とその周辺』(相模書房)より
吉田鉄郎
(四高在学当時は五島姓)


東京駅前
吉田氏の代表作
東京中央郵便局
モダニズム建築の傑作と讃えられ
再開発計画中
故 鳩山邦夫
(貴重な文化遺産を解体するのは)
『トキを焼き鳥にするようなもの』
と発言するなど
論争を呼び、


現在のような
外観保存に落ち着いた
という
記憶もそろそろ懐かしいです。
(JPタワーが竣工して早6年・・・)



そんな吉田鉄郎さんと山田守は
通信の急激な発展
にともなって
日本中
郵便局やら電信局が
必要だった時代
に、

逓信省の建築技師として
建築の発展に貢献した
として
二人一緒に
よく語られます




吉田鉄郎先生と
山田守は
こんな感じの関係。


山田と吉田表

まさに性格も作風も
真逆のようでしたが
かえってそのバランスが
良かったのでしょうか。

山田守の建物は
初見から印象が強いところがありますが、

吉田氏の建築は静かで、
見れば見るほど美しいのが特徴・・・

私も
調べるほどに好きになり、
京都に残っているという
吉田先生の建物を
早く見に行ってみたいです・・・




さて、そんな吉田さんと守は
高校時代にニアミスしていた
ようで、

吉田氏が描いた
この女神様のハガキを、
守は
そうとは知らず、
『絵が上手い人がいるなぁ』と驚き
ずっと持っていた
ということです。

IMG_8032


逓信省時代に吉田さんに見せたら
持って行かれてしまったそうな・・・



寮のお祭りの飾り付け、
というのが
よくわからないかもしれませんが、

IMG_8026
(写真集『旧制四高校青春譜』能登印刷より引用)

こんな感じに
寮の部屋を
ひたすら紙に何か描くなどして
飾り、
賞を競っていたようです

IMG_8024

この日ばかりは女性も
高校に入れたそう。
四高生は街のアイドル的存在でもあり
ワクワクした1日だったでしょうね( ・∇・)


新田さんという人も
実在の人物で、
守の一生の親友になりました。
色々な場面で守はこの方にも
助けられていますが
Y子の父母の仲人までやってくださった
親切ぶり・・・・



★ご好評いただいております
『50玉建築散歩』は
記事が長くなるので
別ブログにしようと準備中です!


【告知1】
12月4日(火)と、日にちが迫っておりますが
このような催しがあるそうです。

IMG_7891

よくお名前お見かけする観音克平 様
資料でお世話になっているNTTファシリティーズの皆様
山田守研究で鉄板の大宮司勝弘 先生
分離派研究の第一人者 菊地潤 様・・・などなど
一度はお話を伺ってみたかった方々が沢山!

それから、身内ではありますが
山田守の
無くなってしまった建物の一切を
コツコツと撮り続けている

写真家の弟・新治郎も登壇するようです!

弟もお陰様で忙しくしており
なかなかまとまって話を聞く時間がとれないので
どんな話が語られるか
身内ながら楽しみにしています(╹◡╹)


【告知2】
来週の更新は
本編はお休みにして、何か
について書こうかな?と思います

というのも
12月10日(月)
NHK BSにての番組
放送される予定
だそうです
(山田関係者も沢山協力しています)

また詳細こちらにアップします!




 
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つづく

ようやく
入ってきました!

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前列左端・山田守
後列左端・神保成吉


神保家は前田家に仕える武士で、
本家の人は

前田の最後の殿様 
慶寧(よしやす)の
お小姓
していたそうです。


小姓という
側近は

代々に渡って
忠誠を尽くした家の者しか
なれなかった
そうで、

神保家
富山の城主だった者が
上杉謙信と共に
能登に攻め入った
のを
きっかけに
前田利家の元に入ったとかなんとか・・・

かなり長年前田家に
仕えていた
ということです。

そんな旧家であったため、
明治維新後
失業して大変な目にあっても

寿の母・柳子(りゅうこ)
たびたび
おじさまの
イケメンエピソードなど、
武家時代の話を
楽しそうに聞かせてくれたということです






寿は
末娘として可愛がられ、
若い頃は
ぽーっとしていたそうですが

晩年は
気のつよい
女傑となっていきます。


建築家との苦労の多い生活を
精神的に支えたのは

意外と
この母・柳子から受け継いだ
武家の誇り・正義感
のようなもの
だったのでは?


と思われる部分もあり、

また、
山田守は金勘定には
わりに
鷹揚だったようですが

それを後ろで引き締めていたのが

そろばん侍の伝統のあった地で育った
寿の会計力でもあったようです。

さらに言えば
神保家の資産力も、

大家族で
金銭的余裕の無かった
山田守を

間接的にではありますが
助けた場面が
いくつかありました。


そんな訳で
神保家については

一見、建築には関係ないことでも
少し細かく
描いてみたいと思っています。




加賀のそろばん侍の話は

祖母がテープで
金沢は数学が優れている」と
何度か言っていて、

実際
ここに登場した兄
神保成吉
のちに
工学博士なりましたし、

前述の西田幾多郎先生も
数学の才能も非常に優れていたり
など、

何かありそうだと

加賀の数学の才能のルーツを
探ってみました。



前田利家
会計力に優れ
日本最古のそろばんの一つとされるものを
使用していて
今も保存されている

など

そのあたりから
来ているのかな?
と思いましたが

2010年に映画も公開された
武士の家計簿

を参考にし、
このように描いてみました。

武士の家計簿の猪山家
神保家とかなり
家も近かったようです。



50玉建築散歩】

神保緑地

大和紡績金沢工場跡(現・金沢市民芸術村


金沢駅を出て
線路沿いにひたすら歩いていくと

神保家金沢市に寄付した土地
今も
神保緑地という名で残っています。
IMG_0474

IMG_0475


神保家の門柱
御影石を利用した
記念碑に
室生犀星の詩が刻まれています


IMG_0476

 
IMG_0479
寿の父・八十吉の三十三回忌に
神保成吉の遺族が寄付したそうです。

元は石炭を工場に入れる
引き込み線があった場所だそうです。

実はその後
祖母の証言を元に
神保の家の跡地を訪れてみたら、
こんなものが。

IMG_0858


ここに門柱刺さってのかなあ?
みたいな(笑)

神保の家は
今観光地で武家屋敷と言われているあたりにありました。
また機会があったら描いてみたいです。


神保緑地のほど近く
大正時代の紡績工場跡地
市民芸術村として
リノベーションした建物がありました
IMG_0464


めっちゃ素敵!

IMG_0469

このホールの横では
ジャズバンドが練習していて・・・

IMG_0456

IMG_0463

大正時代の建物で
こんな時間を過ごすことが
できるなんて、

金沢って
なんて素敵な街なんだろう!!


IMG_0453

金沢の豊かさを堪能できた
神保緑地へのお散歩でした。

神保緑地

金沢市民芸術村



次回は12月2日(日)
更新の予定です!






 
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金沢青春篇②】


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山田金沢2−5−4
解説も頑張って書いたので是非!

漫画のみ読みたい方は金沢篇3話へ⇨

◆デカンショ節について◆


デカンショ節(元唄)


デカンショ節は、
元は兵庫県篠山市の民謡だったものを
旧制高校生が気に入り、
替え歌を歌ったところ
流行したのだそうです。

旧制高校生は
西洋を理解するため、
哲学書をよく読んだようですが、
デカンショ
カルト・カント・ショーペンハウアー
の略にも
ひっかけたそう。

旧制高校の替え歌版


戦前生まれの日本のリーダーたちは
教養と胆力のある
貫禄を持っていましたが

こんな唄を歌いながら
暴れまわるストームや、
格調高い講義に揉まれた
ことも
大きかったのではないでしょうか。



山田守は、
「ニーチェがこう言っている・・・
芭蕉が・・・・〇〇が・・」など
色々な人物の名前を挙げながら話をする
人でしたが、

哲学者や画家、作家など
違うジャンルの人からの気づきを
建築に取り入れる

ことが
しばしばあったようです。

近代建築のパイオニアとして、
良い建築とは何か?

模索しながら進むのに、
幅広く思想的なヒントを
得ようとしていたため
と思われますが、

この四高での読書や授業が
土台となった
のは
間違いないと思われます。


中でも、
この金沢で座禅を体験しながら
哲学に昇華した
四高のOB
西田幾多郎
には
大きな影響を受けていたようです。

守の著作『あすのすまい」や、
晩年出演したラジオ番組
「建築夜話」でも

西田哲学の考えを引用しながら、

西洋の形だけを真似しても
日本人は納得しない、

日本人はモノと心が統一されたものを
求めている、

(物心一如)
という持論を展開しています。


山田守の建物は
大胆なフォルムだが
機能性も良い

のが特徴とされますが、

モノと心を一体化させる

(日本人らしく心をこめる)
という意識が強かったことが
このような持論からも
うかがわれますね。 




ちなみに
谷口吉郎先生の
ご子息谷口吉生先生の作品
鈴木大拙館
現在の金沢では
人気の建築スポットですが、

西田幾多郎鈴木大拙
四高の同級生で、
互いに禅の思想で影響しあった
親友
でもあった
そうです。

鈴木大拙経由で
英訳された
ZEN
の思想
逆に西洋に影響を与え、

最近では
スティーブ・ジョブズも
禅の思想に
影響を受けていることが
知られていますが、

革新的なクリエイターに
影響を与えてつづけています。

金沢は武士の人数が多く、
禅宗が盛んだった
ことが、
 
四高の知性を経由しながら
波及
世界のクリエイターに
影響を与えていった
と思うと、

その地、
金沢で
青春を送ることが出来た
四高の生徒は
幸せだったのではないでしょうか。

数多くの著名人が
出ましたし、
山田守も
吉田鉄郎氏をはじめ、分離派の後輩や
逓信省の後輩など、
四高の人脈繋がりには
生涯助けられました。





【50玉建築散歩】

神奈川県・鎌倉
江ノ電の稲村ヶ崎駅〜七里ヶ浜に向かう
道路沿い
西田幾多郎先生晩年の居住地近くに
西田先生記念の
歌碑があるそうです。
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この不思議な形の歌碑は
坂倉準三先生
西田先生の著作からイメージを起こして
制作されたようです。
✳︎
西田哲学は難解ですが、
ざっくり言うと、

西洋のものの見方
デカルトの『我思う・故に我あり』といった
自我から世界を見ているという
二元論否定し、

自分も世界も一体である
という考え方のようです。
(好んでを書かれていた)

そのような
的な世界観が
伝わってくるような

不思議な雰囲気の歌碑ですね。
(*^^*)


また、石川県かほく市
西田先生の生誕地にある
西田幾多郎記念哲学館
安藤忠雄先生の
建築だそうです

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                       記念哲学館より

哲学に触れる仕掛けが色々あるようで、
時間が出来たら
ぜひ行ってみたい場所です。

西田幾多郎記念哲学館


あと、京都の哲学の道も
西田幾多郎先生が歩いてその名で
呼ばれるようになったり
・・・


次の更新は
11月25日(日)
の予定です!


一生懸命描いております・・・

コメントなど頂けたら
ありがたいです…



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金沢青春篇
はじまり
はじまり
‼️



 【金沢青春篇①】





山田金沢1−1−1W600 枠なしカット
山田金沢1−1−2枠なし600 山田金沢1−1−3枠なし600 山田金沢1−1−4枠なし600
山田金沢1−2−1枠なし600山田金沢1−2−2枠なし600山田金沢1−2−3−1『』枠なし600







山田金沢1−2−3−2枠なし
山田金沢1−2−4枠なし600
山田金沢1−3−1枠なし600
山田金沢1−3−2−1−1枠なし



  

山田金沢1−3−2−2枠なし
山田金沢1−3−3枠なし600

山田金沢1−3−4枠なし


つづく
漫画のみ読みたい方は



大変遅くなってしまいましたが
山田守マンガ、19歳から23歳まで

大正2年から6年まで
青春篇を
お届けしたいと思います!



金沢での出来事は
資料で残されたものが少ないのですが、

建築的な話題で言うと、
ここでも絵を描きまくっていたそうで、

その画力が
のちの曲線を多用するデザインを支えたのではないか?


ということと、

ここで、
洋画の展覧会を主催した経験
後の
日本初の建築運動とされる
分離派建築会の活動につながっていったのでは?

ということを描いてみたいです。

また、
人間ドラマ的には
祖母の例のテープで
語られていた

祖母との出会いの様子など・・・・

事実を元にしながら
マンガチックに脚色してはおりますが、


近代建築家が
生身の人間として
どのように生きていたか、

その周囲の人が
どんな影響を与えていたか、

などをご覧になって、
建物をつくった人々に
少しでも
親しみを持っていただけたら光栄です






【50玉建築散歩】

現・石川四高記念文化交流館
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東京に長年住んだ上で
金沢の街に出かけると、
大震災も戦禍も無かったという場所には
こんなにも歴史が保存されているのか!と
とても心を動かされます


この建物も祖父が過ごしていた大正期から
ほとんど変わらす保存されて
いるのではないでしょうか・・・

政府に雇われた外国人の手ではなく、
大学で正規の西洋建築の教育を受けた
日本人建築家の作品
としては、
全国で最古の現存例に属する(「石川県の文化財」)
そうですが、

窓の上の白レンガの模様や、
内装の美しさ、
階段の模様に四高のマークが
あしらわれているなど

可愛らしさのあるデザインは
今見ても古めかしさを
感じません。




祖父が滞在していた頃
金沢は
東京大阪名古屋に次ぐ
大きな都市だったそうで、

加賀藩の奨励した
工芸の伝統もあってか
大正浪漫の美しさが花開きつつある
場所でした。

また、美人が多いことも有名で、
竹久夢二の奥さんは
金沢滞在時、
街に美人が多いので
夢二を一人で外出させたがらなかったとか。(笑)

そんな素敵な場所であった金沢から
祖父は
何を吸収していったのでしょうか?







マンガ内で山田守がかぶってふざけている
夏帽
後列右側の友人がかぶっているものを
描いてみました。
当時の制服はモノも良さそうでお洒落ですね。

IMG_7765

ちなみに山田守は前列左端。
その隣にいる友達は、大垣中から同じく一浪し、
一緒に四高に通った友人だそうです。




次の更新に続きます!
11月18日(日曜)更新予定です






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