50年めの大きな玉ねぎ

日本武道館・京都タワーを設計した 建築家の祖父 『山田守』をめぐる コミックエッセイ

日本武道館・京都タワーを設計した
建築家の祖父『山田守』をめぐる 
コミック・エッセイです

 

タグ:京都タワー




山田11-5-4
山田11-6コウノトリ
山田11-6勘当
山田11-6田を返せ
山田11-6たたり
山田11-7チーン
山田11-7しんきくさ
山田11-7おどろいた
山田11-7あたまおかしく
山田11-8上司が
山田11-8なまじ
山田11-8そうときまった
山田11-8二の舞
山田11-4よっぽどさみし
山田11-4−2恋愛劇
山田11-4−2とりもどす
山田11-4−2画家?
山田11-4先に行ってて
山田11-4ラスト







つづく



当時としては
衝撃的だった
静の行動が

兄弟にとっても

自分の未来を真剣に考える
きっかけ
になったのではないか



私には
思えてならないのでした・・・




 
さて、
 
守の思索は
どのように深まったのでしょうか? 



次の更新につづきます


この11話は
次のお話で完結です



つづきは

作業の都合上

熊本レポートの後にアップと
させて頂きます



お待たせして申し訳ありません

一生懸命描いていきますので

引き続き
どうぞよろしくお願い
いたします



【50年めの大きな玉ねぎよりお知らせ】
熊本イベント受付継続中です


2018年3月17日(土)17時〜18時

熊本市にて


山田守の人となりについて お話させていただくことになりました。

2017寿チラシ表_最終


熊本大学などの 方々で運営されている
けんちく寿プロジェクト』さんが

熊本で長い間親しんでいただいた

山田守 設計の『熊本市役所 花畑町別館』(旧熊本貯金支局)
(1936年竣工)

解体されましたが

IMG_0493

建物の記憶を語り継ごう
という趣旨で

残された部材の展示会
などを
行ってくださるそうです。 







建築の専門的な事柄について
お聞きになりたい方は
3月16日(金)17時より

山田守の研究を精力的に行って下さっている
大宮司勝弘先生


お話しをどうぞ!





私につきましては、

〝山田守の人となり〟が
あまり知られていないようなので



私なりの守像を

孫目線で
お話させていただけたらと
準備中です

当日は予約制で無料です

ご予約、お問い合わせは以下
けんちく寿プロジェクトさまへ

お近くの方で
当日お時間ある方


お目にかかれたらとても嬉しいです


(また、ご予約の上 私のテーマトークに
ご参加くださった方
私からささやかなプレゼントを差し上げる予定です)
※運営さんに貰いに行かないでくださいませ!


けんちく寿プロジェクト
申し込み&お問い合わせ先
kenchikukotobuki@gmail.com



kenchikukotobuki2017@gmail.com 
(リンクがうまく飛ばない場合
こちらをコピーの上メールにご使用ください) 


ツイッターからも受け付けているそうです
 
https://twitter.com/kotobuki_prj/status/966079866570399746



けんちく寿プロジェクト HP
 

2017寿チラシ裏_最終









更新のお知らせは Twitter にて   

 (Twitterでは取材の様子などもつぶやいています)


更新通知はフェイスブック ページフォロー

でも受け取れます


facebookの友達申請は

メッセージを何か添えて下さい


 

コメント等
上記SNSをフォローの上
書き込んで頂けましたら励みになります
(# 山田守   #山田守マンガ     )   

返信が必要なお知らせ・お問い合わせ
がありましたら
プロフィール欄掲載のアドレスへ
よろしくお願いいたします


いつもご愛読ありがとうございます











8-1-1大家族8-1-2大家族8-1-3大家族
8-1-4大家族
8-3−1 大家族ブログ直し用8-3-2 大家族ブログ直し
(つづき⑨へ→)


この漫画を
描くために
祖父の周辺を
色々調べてみて

まず驚いたのは

このような
家の事情でした。


異母きょうだいで
育った話は

一族にも
あまり
伝わっていなく

向井先生の本でも
さらっと触れているだけ。

生活していく上では
むしろ

忘れてしまいたい
事柄だったのかも
しれません。


しかし

守は
情が深く

人と濃く付き合うタイプの
建築家でしたが、

(祖父の縁で
仕事を得た
仲間や部下の方も多いらしく、

逓信省の山口文象先生の
エピソードなどが
有名です)


(祖父亡き後に生まれた
私でも

法事にやって来る
人々の
テンション高い
熱気には

毎度

おじいちゃんて
一体何をして
みんなに
こんなに好かれていたんだろう?

不思議に思ったのを
覚えています)


その情の深さは

どうも普通の
親切心や
同情心や
友愛などを
超えるレベルの
ものであったらしいので、


この特殊な
家族関係を知ったとき、

ここで幼少から
揉まれて得た
心が

人と付き合うときの
大きな糧に
なっていたのではないか

思えてならないのでした。



3人の母は
古谷家から

一人亡くなると
次々
妹が

後釜をつとめるために
嫁いで来たようです。

昔はよくあったと聞きますが、

今なら考えられないですね
( ;  ; )




次の更新に続きます 


がーん! 
パソコンがとうとう
クラッシュするように
なってしまいました。゚(゚´Д`゚)゚。
修理or買い換え…

(´;ω;`)…

切り替えが上手くできないと
少し更新が滞るかも
しれません…

Twitterやfacebookで
状況お知らせしますので
よろしくお願いいたします
( ;  ; )
物入り…










にほんブログ村 漫画ブログ コミックエッセイへ





更新のお知らせは facebookTwitter にて  

 (Twitterでは取材の様子などもつぶやいています)


(Facebookでは 各漫画に描ききれなかったこぼれ話なども載せています)

シェアなどで拡めていただけたら光栄です

facebookの友達申請は

メッセージを何か添えて下さいませ


 

コメント等は
上記SNSをフォローの上
書き込んで頂けましたら励みになります
# 山田守   #山田守マンガ     )   

返信が必要なお知らせ・お問い合わせ
がありましたら
プロフィール欄掲載のアドレスへ
よろしくお願いいたします










17-0カーテン
17-0カーテン2








7-1長間ブログ1
7-1長間 2
7-1長間 3
7-1長間 4
7-2長間 5
7-2長間 6
7-2長間 7
7-2長間 8






(つづき⑧へ→)


山田守

この平凡すぎる名前
個性の強い作品群と
ギャップがあり、

平凡すぎて
むしろ覚えにくい
と言う人も
いるくらいなのですが、


実家の人たちも
呼びやすくするためか

守(モリ)

音読みで
呼んでいたと
いうことです。



守の建築物と言えば

現存する

日本武道館
京都タワー
御茶ノ水の聖橋

など…


近くで見ると
圧倒される
ダイナミックなものが多いのですが、

その大きさは

不思議と
遠くから眺めたとき

強い個性にもかかわらず

風景の中に映える姿
しているようなのです。





建築史的には
批判を受けたらしい
祖父の建物は

一方で
この
遠景に映える姿に 
沢山の人が
親しみを持って下さり、

設計者の名前は
忘れ去られても

今も
行き交う人々と
新しく
出会い続けている
様子
なのでした…




遠景に映えることに関し
守は特に
持論を語ったり
していないよう
なのですが、






今もほぼ
変わらぬ姿を残す
長間の実家を訪れると

守が
なぜ

眺める眼
見上げる眼
遠くを見渡す眼を
持ったのか


その理由が
伝わってくる
気がするのでした


ファイル_004
↑変わらず残る 守が落ちた水屋



納屋
玄関前

見渡す田園
2017 長間実家 周辺










次の更新に続きます












にほんブログ村 漫画ブログ コミックエッセイへ





更新のお知らせは facebookTwitter にて 

 (Twitterでは取材の様子などもつぶやいています)


(Facebookでは 各漫画に描ききれなかったこぼれ話なども載せています)

シェアなどで拡めていただけたら光栄です

 

コメント等は
上記SNSをフォローの上
書き込んで頂けましたら励みになります
# 山田守   #山田守マンガ    ) 

返信が必要なお知らせ・お問い合わせ
がありましたら
プロフィール欄掲載のアドレスへ
よろしくお願いいたします






6はじめるにあたって1 -1
7はじめるにあたって1-2

7はじめるにあたって1-3
7はじめるにあたって1-4

-17はじめるにあたって2-1
7はじめるにあたってサムネ画像
-3-17はじめるにあたって2-1

7はじめるにあたって2-2
7はじめるにあたって2-3
7はじめるにあたって2-4
山田守の生涯の話に入らず
すみません


と言うのも、

本篇を描く前に

どうしても
 向井覺氏について

書いておきたかったのです。



向井先生は 

旧制四高・東大建築学科・戦時に海軍を経て

祖父が戦後どさくさ期に創立した
通信建設工業に入社。

その後祖父の紹介もあり逓信省に入省。
電電公社を経て独立し、
建設会社の社長を務めた

という経歴の方です。



とても誠実なお人柄で、
 
祖父は『後輩にして同志』と
人に紹介するなど、

随分頼りにさせて
いただいたのではないでしょうか。


向井氏は晩年に

きちょうめんな調査を重ねて

主に逓信省の建築家の
評伝
いくつも残してくださいました。


夭折した天才肌の岩本禄氏、

静謐な作風が祖父とよく対比される吉田鉄郎

そして祖父の書籍。


祖父の本については、
評伝だけでなく

ばらばらのままになっていた
ヨーロッパ出張での出来事
を書いた
祖母宛の手紙
一冊にまとめてくださったり
(コルビジェに会いに行ったときのことなどが書かれています)


趣味で書いていた
俳句
をまとめてくださったり…


それらの本・資料が

祖父の死後に生まれ、

祖父の姿を直接知らない孫の私に

祖母のテープとともに

沢山のことを
伝えてくださいました



その事を

この場を借りて

故・向井覺 先生に

厚く御礼申し上げます




※6コマめで
Y子の脳裏によぎった疑問については
本篇の中でおいおい
語っていきたいと思います


※守祖父の 酒の席での珍談奇談
一部では有名で、これも描いてて楽しい分野(笑)
また描きたいと思います

尚、祖父の名誉のために
申し上げるならば、

酒はむしろ弱い方で、
家庭ではあまり呑まず

酒の席での珍談を
家族は他人から聞くことが主だったとか。

なので、
酒乱のたぐいというより

旧制高校の乱痴気さわぎ
名残
仕事の鬱憤晴らしに 
やっていたような感じなのかなあ・・・
と思ったりしています

描いてて楽しい
守一人ストーム・・・

向井先生、すいません!




では、次の更新より

いよいよ山田守の生い立ち・ 
岐阜の話にまいります!




向井覺氏の著書の数々



手紙集と句集は非売品だったようです







更新のお知らせは facebookTwitter にて

 (Twitterでは取材の様子などもつぶやいています)


シェアなどで拡めていただけたら嬉しいです

 

コメント等は
上記SNSをフォローの上
書き込んで頂けましたら励みになります
(ハッシュタグ #山田守マンガ  推奨)

重要なお知らせ・お問い合わせは
プロフィール欄掲載のアドレスへお願いいたします







↑このページのトップヘ