50年めの大きな玉ねぎ

日本武道館・京都タワーを設計した 建築家の祖父 『山田守』をめぐる コミックエッセイ

日本武道館・京都タワーを設計した
建築家の祖父『山田守』をめぐる 
コミック・エッセイです

 

カテゴリ: 近代建築


少年篇

【漫画⑨】原風景の街 大垣

【漫画11−1】絵画のめざめ


【漫画11−5】絵画のめざめ

などの舞台となっている

旧制大垣中学

について
調べたことを
ご紹介したいと思います

★★★



旧制
大垣中学

現在
『大垣市スイトピアセンター』
という
公共施設が集まっている場所に
あったそうです。
(昭和20年の空襲にて消失)

IMG_9481



IMG_9480

現在も
跡地の碑
建てられています

IMG_9437


校歌が刻まれています


IMG_9442
『百錬へずば 心の剣
光はありとも かひなき光
麋城(びじょう)に学べる 西濃男児』

心の剣は 鍛錬しなければ
光はあっても
役にたたない
という意味でしょうか。

麋城(びじょう)
とは
大垣城の古くからの呼び名。
麋は動物の 鹿という意味。

諸説あるようですが
大きくて立派な城、という
意味合いのようです。

歴史を感じる
呼び名です。 





後の物ですが
三つのによる
濃尾平野
雰囲気を
よくあらわした碑

建っていました。

IMG_9468


漫画にも書いた
川の灯台が
学校近くにあります
IMG_9495

京都タワー

海の無い京都に
灯台を建てる


というコンセプト

構造設計担当の
棚橋先生から出されたそうですが、

守が案として書いた
スケッチ
の中に
四角い塔があるのです。


私は、
灯台といえば
普通
丸い塔を思い描く
のではないかな


不思議に思っていたので、

これを見たとき、

思春期に慣れ親しんだ
この灯台が
イメージとして
出てきたのだろうか?


気になったりしました。



IMG_9511
擬宝珠(玉ねぎ)とのツーショット・・・(笑)


★★

旧制大垣中学は
現在の
岐阜県立 大垣北高等学校

後継校として
資料が引き継がれています


IMG_9587

お訪ねしてみると
このように歓迎してくださいました

(名前のみ加工してます) 
本当にありがとうございました
大垣高校歓迎写真


守が通った校舎の写真
見せていただきました

IMG_9548

周りには何もなく、
見渡すかぎり田んぼだったそうです

旧大垣中学跡地周辺に残った
田んぼ

IMG_9415
このような風景が360度広がっていた中で
13歳から18歳まで
過ごしていたということですね

(ホテルから 旧大垣中学の跡地を見たところ
現在市街地となっている部分のほとんどが
田園だったようです)

IMG_9542



11話−1 絵画のめざめ
でも触れている
皇太子殿下の行啓

スーパースターを迎えたかの
熱狂ぶりだったそうですが

記念碑が
今でも残っていました


IMG_9561 2
ちなみに
この碑を建てた記念の式典で
11話−5
で使った
守の絵
賞をもらったようです


IMG_9528
先ほどの
旧中学跡地の植栽と
比べて見ると
面影がある気がします

IMG_9453



ところで
漫画によく登場している
お友達は

IMG_5043

中西有三さんと言って
実在の人物です

IMG_5025 3
(「建築家 山田守」(向井覺著)より引用)

学校有数の
絵の描き手と噂されていたそうで、
とても優秀な人だったそう。

5年の時
守と一緒に賞を取っている記述もありました

IMG_5029 2
そんな優秀な中西さんを
守祖父はいつもからかって
頭を長くした絵を描き、
「頭長(とうちょう?)」
という
失礼なあだ名で呼んでいたとか。

IMG_5045
そんな二人は
お互い出世して
のちに
ロンドンで
再会します。

そのとき
酔っ払って
守が書いた
中西さん頭の似顔絵は、
祖父が建物によく使う
パラボラアーチ
だったそうです
IMG_5048 2

失礼しちゃいますね!
ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘


(≧▽≦)



守の絵が
夏休み明けに
急激に上達して

同級生が

驚いている小文

見つかったのですが、

著作権の関係などで
ネットに上げることは
難しいようです

できれば
このシリーズ、
いつか書籍にまとめられたら
許諾を頂いて
ご紹介できたら
幸いです

(書籍化については未定です
もし
ご興味持っていただける方いらっしゃいましたら
お気軽にどうぞご連絡くださいませ)





大垣北高校の
皆さまには
大変
お世話になりました


厚く御礼申し上げます





これを書いている間にも
どんどん時間が過ぎてしまい・・・

次週日曜までに
漫画が間に合うか
わかりませんが、
なるべくがんばりますね

では
次の更新につづきます!



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山田守 建物探訪②
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 東海大学 湘南キャンパス 
(1962年〜)
 
2018年5月 訪問

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キャンパスのシンボル 
1号館

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(「キャンパスの記憶ー湘南キャンパスの歴史」(東海大学学園史資料センター発行)より引用させて頂きました

IMG_4110

敷地の選定から関わったこの広大なキャンパスは
守の最晩年の作です

防火も兼ねたこの噴水は
守が寄贈したものだそうで(通称_山田噴水)

ここに水が高く上がるのを
楽しみにしながら

ついに目にすることができないまま
亡くなったということです


ほぼ同じ場所
1964年8月

IMG_4923
(「湘南キャンパス事始め」同センターHPより引用)
 
先の資料によると

「湘南キャンパス開設当時はまだ、周辺も含めて道路が舗装されていませんでした。
晴れの日には砂ぼこりが舞い上がり雨が降れば長靴がなければ
歩くこともままならない
、劣悪な環境だったのです
学生たちは皮肉をこめて〝湘南砂漠〟と呼んでいました。」

とのこと。


しかし、

50数年経過した今・・・・・・
IMG_3935

IMG_3931

IMG_3919

瑞々しい木陰をつくる
樹々に覆われ
日傘が必要ないほどでした。


IMG_3900
 ↑都電(東京の路面電車)の敷石


1962年当時、自動車の普及と
東京オリンピックのための道路整備で、
都電がいくつか廃止されました

その敷石を
守が交渉し、格安で譲り受け
ぬかるみ対策として敷いたそうです



都電の敷石は
南青山の
自宅にも敷かれています


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山田守の建物は
それぞれ
どこか兄弟的な部分があり

繋がりを見つけていく楽しさがあるようです






守の銅像がある3号館に行く途中に


ぬかるみがひどかった時期に
足を洗ったという
洗い場が
残されていました

IMG_3977

このような状態のところを通学されていたので
足洗い場は貴重だったことでしょう

スクリーンショット 2018-07-01 21.41.10
(「湘南キャンパス事始め」同センターHPより引用)


IMG_3886
今は 空気も澄んでいて とても爽やかなキャンパスです



2号館前を過ぎ
3号館へ

IMG_3859

山田守の 胸像が見えてきました


・・・
書き出してみましたら
長くなってきましたので
次回に続きます


東海大学2−2へ→

★★★★★
お知らせ
★★★★★

IMG_5673


新しくできた19号館に建築学科が移転したため
建築学科の入っていた
H棟
解体されることになったのを受け、

解体を惜しむ会

来たる7月19日(木曜)
17時30分より
東海大学湘南キャンパスで
行われることになったそうです


なんでも山田守記念室というのが
置かれている
建築学科のシンボル的存在の建物だったそうです


H棟はこんな感じです
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刷毛引きの壁に
ひたすら角が丸められた
低層の建物。

スロープで屋上に行けるのが
遊び心を感じて、味わい深く
いい感じ。





似た形の棟が周囲に点在しているので
解体ショックの
救いが
少しはあるような気もしますが・・・
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最後に祖父が、
私の父を連れて

東海大学の出来上がり具合を見に
車で無理して出かけたそうですが

ここを見るためでも
あったのではないか?

と思うと

なんとも淋しい気持ちになります




山田守記念室って何?


ここで一体どんな授業をしていたのだろう・・・・

色々思いは尽きません


当日はたくさんの興味深いお話が聞けるようです


うーん
行きたいけど・・・・
行けるかな・・・・


(つづく)

 
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続きです

東海大学湘南キャンパス

2号館前を通り、

螺旋スロープが
ぐるぐると印象的な

3号館へ向かいます

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3号館を背に、

山田守の胸像
建っています。

IMG_5360

東海大学は、

戦前

政治・経済・法律
を学んだ人々に比べ
待遇が
低かった
理系技術者
の地位を

改善しようとした
技術者運
リーダー的存在であった
松前重義
が、

政府や財界から
お金を貰わないで、

技術者が独自で
技術者の学校を作ろうとした
のが

建学の始め
だった
そうです。

※参照:「東海大学建学の記」松前重義著

松前文庫No.24 記事
「戦前の技術者運動と山田守氏と建築と」
片山隆三




山田守は

逓信省(NTT・日本郵政の前身)
同僚となった
松前氏の考えに
共感し、


東海大学関連の
ほとんどの建物

設計料を取らず
設計し、


黎明期の大学に
鉄筋コンクリート造の
斬新なデザインの校舎を
建てることで

入学者の増加に貢献したり、


自らも教鞭を執り
後進の育成にも
努めたということです。




IMG_3835
像の後には
像建立協力者の名前が
沢山刻まれています。


東海大学の建学に
尽くしたとはいえ、

守もまた、
このような広大な敷地に
自分の思いを
反映させることができる
仕事を頂き、

建築家冥利につきる
晩年だったのではないでしょうか。




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IMG_3766
ところで

この像は、

長崎

日本二十六聖人記念碑
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(Wikipediaより引用)
有名な
彫刻界の大家、

舟越保武先生によるものです。
(背後に舟、とサインがあります)


舟越氏は
まだ若かりし時期
友人の紹介で
東海大学で山田守と出会い、
採用され、

建築学科で
デッサンを教えるようになったそうです。



守は

白樺などを通じ
当時の美術界にも
親しんでおり、

ロダンにも
強い
シンパシーを感じていた
そうです。

一方
舟越先生
かつてベストセラーとなった
高村光太郎訳の
ロダンの言葉」
を読み
彫刻をほとんど見たことがないのに
彫刻家になる意思を固めた

という逸話の持ち主なので
(※「巨岩と花びら」舟越保武)

二人はさぞ
ロダンの
芸術論で
話に花を咲かせたのでは
なかったでしょうか。


(ちなみに東海大学にある
別のモニュメント
星を仰ぐ青年の像
舟越氏によるもので、
こちらは長崎の二十六聖人像の
秀作とも位置づけられ、
同じ顔が聖人の一人に
採用されているそうです)






さて、私には
胸像について、
ひとつ疑問がありました。


私が聞いたり、
資料を読んだりして
掴んだ

山田守
という人物像は、

とにかく功名心の無い人で、

死後

自分が
胸像になり、
飾られる
などということは

むしろ
喜ばない
タイプの人間だったのでは?
ということです


IMG_3807

しかし、


舟越先生は
回想の中で、

山田守は

彫刻についても
鋭い批評力を
持っていた
と語っており、


温顔の下に秘められた
厳しい力と気品を
どう表現するかが
課題だった

語っていらっしゃいました。


  
それを知り、

また、

山田守の一生を
調べ、

力ある後輩に
仕事や経験の機会を
どんどん与えていたらしい
姿を
知った今、



改めて
胸像と

対峙して
見てみると…



芸術を愛し、

奮闘する同士への
エールを欠かさなかった
守自身が

惚れ込んだ才能である
舟越先生の
作品として、

自分の姿を提供したことに、


大きな誇りを
感じている
ように
見えてきた

でした







(つづく)



⭐️お知らせ⭐️


IMG_5830
でお世話になった
熊本ビル部さんの
熊本の建築の魅力を伝える
展示会が

くまもと森都心プラザ図書館
7月8日(日)〜31日(火)まで
開催中されています


Y子の熊本レポも
ページに落としたものを
展示させて頂くことになりました
IMG_5831
私の漫画はブログと同じなので
アレですが、

熊本ビル部さんの
女性目線の
親しみやすい展示で、

熊本が

いかに
熊本城を中心とした

豊かな建築群に
恵まれた場所か

より沢山の方々に
周知されたら
幸いです!

近郊の方々、ぜひ
会期中
お立ち寄り下さい!
(o^^o)



東海大学湘南キャンパス
H棟解体を惜しむ会  7月19日(木)
懇親会のみ予約要
IMG_5672

山田守  

旧千住郵便局電話事務室
(1929)
docomomo japanに
認定されたそうです
🎉
ありがとうございます


 
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H棟イラストレポブログ用300



●東海大学湘南キャンパスの H棟 が解体されることになり、

『解体を惜しむ会 』にお邪魔させていただいたので、忘れないうちに
当日の雰囲気を忘備録的に描いてみました

 一枚で終わらそうと思って描いたら
けっこう書くことあってぎゅうぎゅうに詰まってしまいました(汗
 
 拡大してご覧ください! 



★以下、H棟はすでに覆われてしまっていたので、
外観はほぼ同型の他の棟(A〜F棟)の写真を貼っておきます

IMG_5373
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IMG_4492


IMG_4502
IMG_4513

IMG_4372
IMG_4380

IMG_4572

ここからはH棟↓
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ライトアップ↓
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夜景
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★東海大学湘南キャンパスは、都心から少し離れていますが、
行って見ると、標高が少し高いせいなのか、
猛暑日でも過ごしやすく、
空気がきれいでさわやかでした。

空も大きく開けているので、
夕焼けや夜空とのコントラストもとてもきれい。

湘南キャンパス造成時のエピソードは
母からも色々聞いているので、
またいずれ描きたいです。


※※※

ブログ更新が遅くなって失礼いたしておりました

金沢編は調べることが多く、もう少しお時間くださいませ!

※※※

お知らせ

来たる9月1日発売の 雑誌『建築ジャーナルさんに、
山田守の南青山の自宅について
エッセイとイラストを4頁描かせていただきました

IMG_6433
2018・8月 夏の庭

自宅公開では触れられなかった
家の使い勝手なども描いてみました

書店やアマゾンでも予約できるようなので、
よかったら是非ご一読いただけたら光栄です。

また詳細、追ってお知らせいたします





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