50年めの大きな玉ねぎ

日本武道館・京都タワーを設計した 建築家の祖父 『山田守』をめぐる コミックエッセイ

日本武道館・京都タワーを設計した
建築家の祖父『山田守』をめぐる 
コミック・エッセイです

 

カテゴリ: 近代建築

会の雰囲気が
少しでも伝わるように
まとめてみましたが 
いかがでしたでしょうか・・・



私としましては

花畑町別館を
自分の目で見ていないまま
お話をするのが
正直
大変だったのですが、

そんな状態を
助けていただいたのは

先の記事でも触れましたように

熊本に残る建物の良さ
発信している

【熊本ビル部】
さんの
 リーフレットの数々でした。

IMG_2043

ビル部さんは
女性が一人で
活動されているそうなのですが、

ご自身の愛着がある
熊本の近代建築を
リーフレットにまとめられ、


IMG_2049

 
写真と
一部イラストで
 
このように
建物の見どころを解説されています。

(こちらは当日会場でも配られたものを
許可をいただき掲載しています) 


これが
とてもわかりやすく、

そのおかげで

花畑町別館がどんな建物だったか
把握することができ、

また、

私が幼いころから
出入りしていた

祖父の家との
類似点

なども

みつけることができたと思います。



たとえば

花畑町別館の
光あふれる螺旋階段
と↓
IMG_2045
 

山田守自宅のエントランス


らせん階段の

相違点を
比較できたり
↓ 

IMG_2052


熊本ビル部さんのこちら↓では
手すりや建物の角も
丸くしてある

との
記述がありますが 
IMG_2046



山田守の自宅では
家の
角という角が
丸くされていて


それが何ともいえない
愛嬌がある様子?

なのを
紹介できたり。
↓ 

IMG_2054



また、
花畑町別館でも

冷房機器のない時代の

空調への工夫が
紹介されていますが




IMG_2051



祖父の家

コンクリート建物なのに
風通しがよく
心地よかったのですが、

その
窓の工夫と
通じるところが
あるのを知ることができました





IMG_2053


熊本ビル部さんは
建築の専門ではない
女性の方が

一人で活動されていて、

その
目線にも
とても共感を覚えました。

こんな風に、
ふつうの生活にある
建物のおもしろさ


発信していきたいし


また
そういうつながりを
増やしていけたら
楽しいな



思いました。


熊本ビル部さん

お世話になり
本当にありがとうございました



また、当日

山田守研究者の

大宮司勝弘先生
市民による近代建築保存運動の記録

という
論文を
いただきました

IMG_2044


けんちく寿プロジェクトさん

熊本ビル部さんのことも
触れられているのですが

こちらのリンク
から

ウェブ上でも読むことが
できるようです


保存活動の方々の
努力を知ることができる
貴重なお話です

興味のある方は
ぜひ
ご一読ください




さて
長くなりましたので・・・

漫画の内容には
あえて触れないで
おきます
( ・∇・)


今回
試みに
この記事のみ
コメント欄
下部に
もうけてみました
(スマホは設置ずみ)
(PCにうまく表示されない可能性があります)


当日
アンケートなどもなかったので

直接お話できた方からしか
感想がお聞きできず
心残りでした


当日いらっしゃった方、

また
この記事を読まれた方

よかったらどうぞ
感想などを

コメントいただけたら
幸いです


(承認制となりますが、ご了承ください)





さて、

4話まですすめてきた
熊本レポですが、


実はこのあと
Y子の
雑感を
エッセイ風に2話
書く予定で
進行していたのですが、


正直ちょっとまとまらず、

アップするか
お倉入りにするか
悩み中です・・・



ですので
次の更新は
どうなるか未定ですが

なるべく毎週日曜には
何か
入れておこうと思っています



では次の更新につづきます




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熊本レポ5−1 
熊本レポ5−2
熊本レポ5−3
熊本レポ5−4
熊本レポ5−2−1

熊本レポ5−2−2
熊本レポ5−2−3
熊本レポ5−2−4



①〜④話までは
イベントが
どのようなものだったか
レポート
してきましたが

今回の⑤話


次回
最終回の⑥話
では

イベントを通して
心に残ったこと
少し
描いてみたいと
思います。





何かが無くなる
ということ。


誰かがいなくなる
ということ。



それは、

そこに
当たり前のように
あったものの

はかなさ


見せつけられる
ことであり、


また

なくなったものとの
関係が
深いほど、

当たり前に
生きている
自分自身

同じく
はかない存在
だと

思い知らされる
こと
であったように
思います。






形あるものは

いずれ
なくなる。


だから
執着しないように
した方が
いいのでは。


私は
なんとなく

色々な
事・物に対して

そんな風に
思っていたような
気がします。




なくなった時に
ショックを受けないように…


いなくなった時
淋しくならないように…

……





しかし、

いざ

何ものかが
永遠に
失われてみると、


そのものの
持っていた良さが

二度と戻らないこと
喪失感
強く迫ってきて、


もっともっと

その良さを
自覚して、

いつでも思い出せる
くらい

しっかり関わって
いくべきだった

と思われて
しかたなかったのでした




さらに、

執着しない、
などと
うそぶいていたのは

単なる

面倒くささや
おっくうさ
への

言い訳でしかなかった
ことに気がつき、


自分自身の
時の過ごし方に

ひどく
腹が立ってくるの
でした




ただ 、

時が経つにつれ、

なくなったもの
への
喪失感は


自分にとって

与えてもらっていた
ものの
大きさと

比例している


ことに
気づいてきたりも
したのでした。






なくなったものが
教えてくれること。


それは、

生きている
この時間に

何を
与えられているかを


振り返れ。


そんな
メッセージ
であったように
思いました 。






もともと
この漫画を描きはじめたのも


父が亡くなったことが
きっかけで、



調べたり
描いたり
しなければ

このまま忘れられ、
分からなくなってしまう
人々の思い

気がついたから
なのでした。





日々の生活の中で

生活と関係ないことを

調べたり
描いたり
することは

実はかなり
大変な
作業なのですが、


いなくなった人々が
見せつけてくれた

一生の短さ、

人生のはかなさ




その
面倒なことに
取り組む
力を与えてくれる

ものの
ようにも
思われてくるのでした。






なくなった建物を
追う
イベントを通して
そんなことを考えて
いたので

今回は
そんな話を
描いてみました


m(_ _)m




次の更新につづきます



次回で
熊本レポは終わりです


なくなったとばかり
思っていた
祖父の建築が
熊本に
残したもの
とは?


GW最終の日曜日に
更新予定です
















 


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熊本レポ6−1−1熊本レポ6−1−2熊本レポ6−1−3
熊本レポ6−1−4

熊本レポ6−2−1
熊本レポ6−2−2

熊本レポ6−2−3
熊本レポ6−2−42




熊本レポ6−3−1
熊本レポ6−3−2
熊本レポ6−3−3熊本レポ6−3−4
熊本レポ6−4−1熊本レポ6−4−2







イベントって
準備に
とっても
手間と時間が
かかっているのに、


開催日が
過ぎてしまえば

消滅してしまう



それが
はかなく

勿体無く、



また

気づきが
とても
大きかった
イベントだったので

本篇の途中でしたが

長々描いて
みました。




私に
似顔絵ならぬ
似てない顔絵
登場させられて
しまった方々

お許しください!


特に会の間、
学生代表の
k城さんには
きめ細かくサポートして頂き
本当に助かりました
ヽ(;▽;)

お世話になり
ありがとうございました
m(_ _)m




花畑町別館は

守建物には珍しい

茶色

ですが、

どうやらそれは


【熊本城🏯
の見映えを
引き立てる

近代建築とは?】


という問いへ

守が
1930年代に
出した

ひとつの答え
だったようです。


(守建物を
追っていくと、

作品の流れの中で
突然

今までやらなかった
外観デザイン
取り入れた?

と驚く
建物が
現れることが
あるのですが、


それは

その場所
特有
周囲との兼ね合い
考慮して

ガラッと変えているように
見えるのでした。

(野田郷土博物館が
典型的に
それを感じますが、

このことは
いずれ
また
全体を俯瞰して
描いてみたい
テーマです)


そして
今回
どうしても
描いておきたかったのは

熊本にとっての
初期の
近代建築であった

花畑町別館が
採用した
色が

リレーのバトンのように

今も
熊本の
街の建物に
引き継がれている

という
事実
知ったことでした。



それは
熊本城という
はっきりした
景観のシンボルを
持つ
街が


世代を
超えて

街の美しさを
引き継ぎつづける

という意識の高さ

強制されることなしに

自然に持つことが
できていた

ということの
あらわれ
であるように
思いました。


守建築を
見ていくと

守は
建物を 

単体でなく

その建物が
建ったとき
周囲からどう見えるか、

ということを
いつも意識していた
様子なのですが、


(↑
何度も言いますが、 
私は
これは
広大な
濃尾平野の真ん中で
育った影響だと思っています)


建物が
景観に与える印象を
誰よりも
考えていた

街のために選んだ
色が

80年後も

バトンのように
引き継がれていることを

普段
熊本に縁のない
孫として

知ることができたのは

とても不思議な体験でした。



また、
東海大学の
創立者

松前重義
の郷里が
熊本だと知り、
不思議なご縁を感じました

(山田守 は
松前氏と一緒に
東海大学を立ち上げ、
その縁で
東海大学の初期の建物を
ほとんど無償で
設計したそうです)





守の人生を
追っていくと、

景観に貢献する
建物
常に考えていたし、

また、実際
貢献している
実績?
も沢山あり

これも
その
ひとつと言えると
思うのですが、


晩年の
京都タワーの
景観論争の
印象が

一部に残り

景観破壊な建築家?
みたいに
揶揄されることも
あったのは

本当に皮肉なことだな、

と思います。


しかし、
祖父は
景観論争で
色々批判されても

はっきりした
信念もあったためか

ぜんぜん
しょげる様子はなく

ひょうひょうとして
まだまだ造りたい山程の
建物へのアイデアに
邁進していた
そうです。



孫としましても

建物のことは
ドラマになりにくい、

と言われている
にもかかわらず、

山田守をめぐる
建物のドラマ

バッシングなど
負の状況に陥った
あたりも含め、

面白く感じられ、
( ´∀`) 


まだまだ
追いかけたい
ところです





次の更新に続きます 

山田守建物探訪① 門司レトロ舘へ→




今回お世話になった田中智之先生近著です
駅ではなく緑が中心にあり、
古い町家から近代現代の建物まで
城下町をベースに色々な建物が共存している
熊本の建築の多彩さを知る
 
最適な一冊です
↓ 




ぜひご覧ください! 



















 


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初期の建物

旧 逓信省 門司郵便局電話課庁舎
(1924年  大正13年)
門司電気通信レトロ館

に行くことができたので、
写真で簡易レポートします(╹◡╹)

IMG_1563
IMG_1560
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IMG_1559
IMG_1562
移り変わりの激しい
電気通信関連の施設ながら

なんと94年も
良い状態で使って頂いているという
奇跡的な建物。

何度も解体の話が出たところ、
地域の観光レトロ街再興と
建築に造詣の深い地域の方、
NTTさんの
企業理念などに
建物が救われた背景があったそうです。

FullSizeRender
ありがとうございます!

祖父の初期の代表作
東京電信局↓と同時代の建物で

中央電信 文字入れ


東京電信局 亡き後、

当時を彷彿とさせる
貴重な存在です

IMG_2524

IMG_1489
繰り返される
垂直線の隙間には、


火災時に水が流れる
管が入っているそうで
(スプリンクラー代わり)

役所の建物にしては
デザインに凝りすぎ?のように
見えるけれど
防災装置を兼ねていたそうで、

実際火災時に
稼働し

被害を
抑えたこともあったそうです。






IMG_2525
やはり
トロッと
角を丸めてあるところもありました。



IMG_2540
階段室。
写真家の方が訪れて、撮った写真が
飛行機の機内誌の表紙に使われたそうです。

IMG_2541
IMG_2542



IMG_2529
IMG_2532

貴重な外壁の変遷の展示。
IMG_2530
改修で変わっていった
外壁の仕上げ材の
標本がありました

IMG_2531
↑私は、聖橋のトンネル部分の
天井壁面が

小学生のとき
通るたび
いつも
洞窟みたいだなぁと思っていて
好きだったのですが、

これだったのでしょうか?




電話機の変遷の展示
見応えありました!
IMG_2533
IMG_2534
IMG_2535

↑電話機の色名が 和風で素敵(╹◡╹)


IMG_2536
面白電話


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懐かしの電話
IMG_2538

初めての携帯電話

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しもしも?ヾ(๑╹◡╹)ノ"

IMG_2547
黄金のドコモダケ


半周戻って手旗信号

IMG_1388

さらに戻って飛脚
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白ヤギさんたら
読まずに食べそう(@_@)
IMG_1552

古い写真のアルバム

IMG_2544

門司港からの
出航の様子
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門司トンネル博の
デザインがレトロ。昭和33年。

IMG_1544
文字もレトロでいい感じ。
IMG_1545




門司港の街は
かつての賑わいの雰囲気を残す
レトロな観光地となっていました

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シャッターにも
建物のイラストが沢山。
IMG_2554

祖父は、
昭和4年の渡欧時、
この
門司港から
船で
ヨーロッパに渡りました

IMG_2559

これと同型ではないようですが
日本郵船の船にて。
IMG_1532

この旅で
船の良さに目覚めたそうで、
しきりに感激した様子を
手紙などに書き残しています

帰国以降の建物には

船のような雰囲気を持った建物が
いくつも出現したそうです


IMG_1518
IMG_1534
IMG_1535
この港から旅へ。

羨ましい人生ですね

祖母は
祖父の留守中
色々大変なこともあったらしいのですが

健気に
子育てしながら
待っていたようです。
(@_@)


駆け足ですが
門司レポでした。



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