50年めの大きな玉ねぎ

日本武道館・京都タワーを設計した 建築家の祖父 『山田守』をめぐる コミックエッセイ

日本武道館・京都タワーを設計した
建築家の祖父『山田守』をめぐる 
コミック・エッセイです

 

カテゴリ: 近代建築


プロローグ 


480桜1タイトル

480桜サムネ用480桜1-さいしょ2コマ
桜1‐2 480桜1‐3
桜1‐4






★★★


祖父が亡くなり
50年


節目の年と
いうことで 

南青山にある
自宅を

一般公開する
催しが
2017年4月にありました


祖父・山田守

大正から昭和にかけて
活動した 

建築家です。


戦前は
中央電信局(現存しない)
image

JR御茶ノ水駅
聖橋
image

戦後
長沢浄水場
image
(ウルトラマンのロケ等に使われました)



生涯に300以上の
  建築物を遺しましたが        


最期に
作った

京都タワー


日本武道館 


大きく
印象が強いため

代表作と 
言われることが
多いようです






祖父が

建築士として
仕事を始めたのは 
1920年です


大正から昭和へ

西洋の建築物が 

 試行錯誤を重ねながら
日本に取り入れられていく

その時流に 

丁度ぴたりと乗ることができた
祖父の人生は

建築を 
生業とする者として 

非常に幸運な
ものであったようです 
 
★ 

が、


祖父の人生を
背後で
支えていた  
祖母
の存在が
何も語られないまま


祖母が守った家を 
見て頂くのは

何か 
釈然としない気がして、

孫の私は

少しでも
祖母のことを

来場して頂く方に
感じていただけたらいいなぁ

と思い、

趣味で描いていた
漫画ブログに

上記の漫画を
アップしてみたのでした…


次の漫画につづきます…




image
(2017年 庭の桜)



Casa ブルータス 記事
"没後50年で自邸公開!
建築家、「山田守」とは誰か。"







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住宅展②に直し①480

住宅展を終えて-2480

住宅展を終えて-3-1住宅展を終えて サムネイル住宅展を終えて-3-3住宅展を終えて-4
住宅展を終えて-5

住宅展は

 

関係者一同

びっくり!

 

大盛況でした。

 

 

 

1000人分のチケットで

用意していたところに

 

3000人も来て

いただいたそうです。

 

 

 

祖父も

自分が亡くなった後

 

そんな人数が自宅に

入ることなど

 

想定だにしていなかったと

思います

 

 

 

来ていただいたのは

建築関係の方が

 

多かったようで、

 

 

これ、

 

積載荷重オーバーで

底ぬけるんじゃね?

 

などのリアルな心配声が

ちらほら・・・

 

(^_^;)

 

 

 

行列ができて驚いた

最終日

 

 

家に帰って

資料を見てみると

 

 

その日は

まさに

祖父母の

 

95回めの結婚記念日

だったので

 

二度びっくり!

 

 

やはり祖母のことを

漫画にしてみたいなあ

 

 

昨年他界した

父の遺品を

整理してみると

 

 

とても感銘をうけるものが

出てきました。

 

 

 

そのことを

漫画にしたくて

 

こそこそ準備していたのですが

 

 

例えば

 

 

今回の

武道館の屋根の色

の変遷を知りたくて

 

竣工当時の写真を探したのですが

 

 

どれもこれも

白黒ばかり

 

(笑)

 

昭和39年(1964年)

じゃ

テレビも

白黒でしたしね・・・

 

 

探したり、

調べたりしているうち、

 

 

どんどん時間とは過ぎてしまうものでした

 

 

 

ようやく貴重なカラーの

 

竣工写真の

複写らしきものが

出てきたので

 

 

こちらを引用させていただきました

 

 

 

 

回想シーンの

青くなったら・・・

 

と言っているところは

 

Y子が先月(2017年)

撮影したものです

 

 

 

もののみごとに青くなり、

 

祖父の予告が

50年後に

実現したことに

 


本当に感慨深かったです。



次の更新に続きます・・・





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3祖母の想い出600


祖母の想い出ブログ用-2
祖母の想い出ブログ用-3
祖母の想い出ブログ用-4
祖母の想い出-5
祖母の想い出-6
祖母の想い出-7


祖母の家は

 

独特の空気

張り詰めて

いて、

 

 

子どもは郊外で

ノビノビ育てたい

という

母の子育てが

裏目に出、

 

野猿

のように

うるさかった

Y子三兄妹にとって

 

かなり

緊張する

場所でありました

 

 

 

 

祖父の遺した

モダンな家の

中心に鎮座し、

 

その後

家に持ちこまれる

様々な問題を

 

品性が良いか

悪いか

の基準で

 

一刀両断

 

 

都心の家は

ただ維持するだけでも

大変なものですが、

 

 

祖父の遺志を

正しく受け継ぎ

 

 

祖父の没後

50年の

今日まで

 

変わらぬ姿で

あの家が

維持されているのは

 

祖母の功績が

大きかったと

思います

 

(サッシを取り替えるだけで

物凄い金額が

かかったとか…

 

それを

祖母は

実家の遺産を

やりくりして支払ったとか…)

 

 

それにしても、

若い頃

可憐だったと

噂される

祖母は

 

一体どのような

苦労のはてに

あのような

貫禄を

身につけたのでしょうか?

 

 


 

 

 

次の更新に

つづきます…

 

 

以下

【おまけ漫画】ですおまけブログ用-1 350dpi 600px

-2おまけブログ用350dpi 600PX


『おばあ
ちゃま

 

って呼ばなきゃ

いけないのが 

苦痛だった

記憶が・・・

(^_^;)

 

 

あ、

若い人は 

小森のおばちゃま

って

知らないですよね?

 

 

 

当時の小学生は 

 名前を聞くだけで

 もれなくマネしてしまう

 

面白い

おばちゃま

でした

 

40代以上の人に、

  『小森のおばちゃまって

 どんな人?』

 

聞いてみて下さい

 

 

 かなりの確率で

 モノマネしてくれると

思われます…


小森のおばちゃま Wiki







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5新婚のコトバ1-1480


5新婚のコトバ-1-1サムネ
5新婚のコトバ-サムネあと
5新婚のコトバ1-2
5新婚のコトバ1-3
5新婚のコトバ1-4


祖父の自宅が

一般公開され

 

あの家に

沢山の人が

入ると聞いたとき

 

私が

祖母の存在を


伝えなければいけない

気がして

ならなかった

のは

 

このような

祖父と祖母の

関係です

 

 

祖父は

2話でも

触れたように

 

建物をつくるとき

 

ありとあらゆる

方向から

 

建物が良くなるための

考察を

 

重ねる人でしたが

 

 

生涯を共にする

妻を

 

有能な

協力者に

仕立てあげることも

 

忘れては

いなかったようです

 

 

 

 

 

新婚の頃は

かなりハードで、

 

毎日夜中まで

海外の建築の本を

見せられ

 

どの建築が

いいと思うか、

 

パッと理由を

答えられるような

訓練を

させられたとか。

 

 

モノをつくる人は

分かると思うの

ですが、

 

自分は

制作に没頭するうち

 

作っているモノを

見慣れてしまうので、

 

最終的に

他人に見せる段階の頃には

 

出来たモノを

 

客観的に

見れなくなってしまうん

ですよね…

 

 

そういう時

 

自分の信頼できる

人物の

目で

 

見てもらうことが

できるかどうかが

大切だと

 

祖父は

考えていたと

思われます

 

 

祖母は

 

お金持ちの

出身なだけあり、

 

金沢の美しい

工芸品や

着物に囲まれて

育ち

 

東京見物なども

させてもらって

最先端のモノも

見たりしていたため

 

審美眼は

確かだったと思います

 

 

設計を

作り上げる段階で

口を出すようなことは

 

なかったはずですが

 

案として

見せられる段階では

 

かなり

有能な

助言者であったことは

間違いないと

思われます

 

 

しかし、

漫画でも描いたように

 

『そうだった』

というような事実は

伝聞で一致していても

 

 

たとえば

土下座をしたのか

しなかったのか

 

というような

シチュエーション

については

 

人によって

言うことが違い、

 

漫画で絵に描くのは

難しいなぁ

 

漫画の続きをを

書き続けられるか

否か

 

私は

住宅展の後

 

しばらく考えこんで

しまいまっていました…

 

 

しかし

 

その直後、

 

 

これを

描けばよいのでは?

 

と思えるような、

 

びっくりする

モノが

 

見つかったのです

 

 

次の更新に

続きます…

 

 

 



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