50年めの大きな玉ねぎ

日本武道館・京都タワーを設計した 建築家の祖父 『山田守』をめぐる コミックエッセイ

日本武道館・京都タワーを設計した
建築家の祖父『山田守』をめぐる 
コミック・エッセイです

 

カテゴリ: 建築



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つづく







白樺』の影響
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「白樺 美術への扉」より

今日私たちが
教科書などで
武者小路実篤らの
「文芸同人誌」
と習うことが多い

「白樺」
ですが、

明治末期に発刊された
当時、

若者中心にあちこちで

自己の内面を自由に表現する
表現
が模索されている世相の中、


美術面でも
図版という
ビジュアルにより

セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン
ロダン

といった巨匠の、
今までの美術の枠から
自由な表現をしている
作品

紹介した
影響は

色々な分野に及んだ

言われています

✴︎

特に
白樺は

学習院大学生ら
中心となり
作っていた
同人誌

だったので、

漫画でも触れた
ロダンと交流できた際の
同人たちの
熱狂の様子などは

やはり学生だった
読者に

興奮と
強い共感を生み、

出版社により編集された
他の雑誌とは
違う

独特の高揚感が漂う

特殊な存在
だったようです。



山田守も
早いうちから
この雑誌の大ファンで、

一号から集めていた
との証言が
祖母より伝わっています。



守が
学生仲間と6人で結成した

日本初の建築運動
かつ
日本のモダニズム建築の
出発点
とも言われる

分離派建築会

白樺を
愛読していた
堀口捨己氏
滝沢真弓氏らと

建築で
白樺派のようなことができないか
話し合い

形が出来たとの証言が
残っています

6分離派

私も実際
白樺の雑誌を復刻したものを

我孫子図書館に
読みに行きましたが、

特に創刊号から
数年分は
今読んでも

ワクワクした面白さが感じられ

時間を忘れて
読み耽ってしまいました
(*^^*)


*参考*
『「白樺」誕生100年 白樺派の愛した美術』
展示図録

調布市武者小路実篤記念館 展示・発行資料
我孫子市白樺文学館

我孫子図書館 (白樺雑誌閲覧)


✴︎

さて、

この話を描くために
色々調べていて、

今まで
少しの情報しか
伝わっていなかった

守の13歳年上
腹違いの兄

山田静
について、

色々な資料をあたるうち、

大阪の綿業会館など 
美しい建築を
幾つも残し

村野藤吾先生の
師匠としても知られる

渡辺節 先生

親友だったことが分かりました

 
IMG_5144
「建築家 渡辺節」  より 右が渡辺節氏

この本の中に
節先生と
静兄の
交流が
少しですが
語られていました

写真を見ると
ちょっと
ファッション?髪型?
が似ていました
(^ω^)


渡辺節先生は
美意識が高く、

粋でちょっと艶があり、

かつ
人を大切にされる
素敵な人物だったようで、

節先生の本を読み
私はいっぺんで
節先生のファンになってしまいました
(*´ω`*)


その節先生と気が合って
遊び回っていた
静兄の東京の青春は
どんなものだったのか…

そしてそれが
後に
建築家となる
山田守に
どんな影響を与えたのか…

点と点を結んで
漫画にする作業は
かなり根気のいる作業ですが
不思議な楽しさに満ちていて、

これからも
頑張って
続けたいと思います



IMG_5149
山田静






次の更新につづきます!

(次回ようやく岐阜篇の最終回です!)


















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山田11-4先に行ってて
山田11-4ラスト山田11-10−1
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山田11-13−4





つづく




からを為すのがワシの精神じゃ!』


この言葉は、

繰り返し

祖父・山田守が語っていたと言う


生涯の信条です

(文書には残っているのが
みあたらないのですが

祖母のテープでは
繰り返し
祖父が
そのように言いながら
建物を工夫した
エピソードが
語られていました)


(また、
今回の
漫画内では

セリフとして
『有を為す』が
わかりにくいかな?と思い

価値を生んでやる、
という表現にしてあります)



この精神は

いつどうして
培われたのか?



それが
私の、
山田守をめぐる
最大の謎で

大きな関心事でしたが、


この後、

祖母と
金沢で出会ったときには
すでに
このような感性を
持っていた
様子なので、


岐阜の生家での
生活の中で

身につけた考えだと思われ、

また、
ちょうど
兄静の騒動と
重なる時期に

心境の変化があったらしいので、

このように
描いてみました。


実は

今回の
漫画には

私が山田守を調べていって

彼の心情の
核となる部分


こうであったのではないか?

ということが
たくさん
入っている
ものになっています。



建築の歴史の中で、

表現主義
とか
機能主義とか
呼ばれる

守の特徴も

ひとりの生身の人間として

このようないきさつが
多かれ少なかれ
あったのではないか?

と思われ、


知り得た点と点を
結びつけて

ドラマ仕立てではありますが
描いてみたつもりです。




細かい解説は
長くなってしまうので


またいずれ
別の機会に
描いてみたいと思っています。



なお、
中に出てくる
守の絵


実際
守が
この絵で賞をもらったもの
使用してみました。


また、

大垣中学80年史

守の絵が
四年生の夏休みあけに

急激に上手くなって


同級生が
驚いている
感想文


みつけることができたので

そのエピソードを用いています。




エピソードの発掘には

大垣北高校の
五十川先生
大変
お世話になりました


厚く御礼申し上げます






次の更新につづきます!


岐阜篇は
あともう少しでおしまいです!)






















 
















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山田11-5-4
山田11-6コウノトリ
山田11-6勘当
山田11-6田を返せ
山田11-6たたり
山田11-7チーン
山田11-7しんきくさ
山田11-7おどろいた
山田11-7あたまおかしく
山田11-8上司が
山田11-8なまじ
山田11-8そうときまった
山田11-8二の舞
山田11-4よっぽどさみし
山田11-4−2恋愛劇
山田11-4−2とりもどす
山田11-4−2画家?
山田11-4先に行ってて
山田11-4ラスト







つづく



当時としては
衝撃的だった
静の行動が

兄弟にとっても

自分の未来を真剣に考える
きっかけ
になったのではないか



私には
思えてならないのでした・・・




 
さて、
 
守の思索は
どのように深まったのでしょうか? 



次の更新につづきます


この11話は
次のお話で完結です



つづきは

作業の都合上

熊本レポートの後にアップと
させて頂きます



お待たせして申し訳ありません

一生懸命描いていきますので

引き続き
どうぞよろしくお願い
いたします



【50年めの大きな玉ねぎよりお知らせ】
熊本イベント受付継続中です


2018年3月17日(土)17時〜18時

熊本市にて


山田守の人となりについて お話させていただくことになりました。

2017寿チラシ表_最終


熊本大学などの 方々で運営されている
けんちく寿プロジェクト』さんが

熊本で長い間親しんでいただいた

山田守 設計の『熊本市役所 花畑町別館』(旧熊本貯金支局)
(1936年竣工)

解体されましたが

IMG_0493

建物の記憶を語り継ごう
という趣旨で

残された部材の展示会
などを
行ってくださるそうです。 







建築の専門的な事柄について
お聞きになりたい方は
3月16日(金)17時より

山田守の研究を精力的に行って下さっている
大宮司勝弘先生


お話しをどうぞ!





私につきましては、

〝山田守の人となり〟が
あまり知られていないようなので



私なりの守像を

孫目線で
お話させていただけたらと
準備中です

当日は予約制で無料です

ご予約、お問い合わせは以下
けんちく寿プロジェクトさまへ

お近くの方で
当日お時間ある方


お目にかかれたらとても嬉しいです


(また、ご予約の上 私のテーマトークに
ご参加くださった方
私からささやかなプレゼントを差し上げる予定です)
※運営さんに貰いに行かないでくださいませ!


けんちく寿プロジェクト
申し込み&お問い合わせ先
kenchikukotobuki@gmail.com



kenchikukotobuki2017@gmail.com 
(リンクがうまく飛ばない場合
こちらをコピーの上メールにご使用ください) 


ツイッターからも受け付けているそうです
 
https://twitter.com/kotobuki_prj/status/966079866570399746



けんちく寿プロジェクト HP
 

2017寿チラシ裏_最終









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つづく

 静兄の
強引なやり方は

おそらく
明治の民法では

家長同士の許可がないと

結婚できない
という
制度に
反発するための

ものだったのでは?



時代背景を調べていくと

思われてくるのでした。


静兄は
30歳まで
うやむやと時間を延ばし

強引に一緒になることが
できましたが

当時は
そうはできない恋仲同士の
駆け落ちや
心中事件が

よく起きていたと
いうことです




また当時、


芸者さんは

社交的で美しく

とても人気があり、

妻に迎えたり
浮名を流した
著名人
沢山いたようです


静兄と結婚した
アき』さんも

美人なだけでなく、

とても気のつく
素敵な人柄の方だったと聞いています。


ある意味
最先端の女性と
大恋愛の末
結ばれた

静兄でしたが

当時の実家の人々には

おそらく

全く理解できなかったのでは
ないでしょうか。


父・弘三は

大反対して、

激昂のあまり

脳溢血でフラフラになった
そうでした。



そしてまた、

その後の
色々なことを
総合して考えていくと

この出来事は

山田守の

人生に


多大なる

影響を
与えたのではないか?





思えてならないのでした・・・・







次の更新につづきます






【50年めの大きな玉ねぎより】
お知らせ

2018年3月17日(土)17時〜18時

熊本市にて

僭越ながら

私 Y田Y子、

山田守の人となりについて お話させていただくことになりました。

2017寿チラシ表_最終


【イベント終了しました】


熊本レポまんがは
こちらのリンクより
次の記事へで進むと6話完結で読めます







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