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つづく

 静兄の
強引なやり方は

おそらく
明治の民法では

家長同士の許可がないと

結婚できない
という
制度に
反発するための

ものだったのでは?



時代背景を調べていくと

思われてくるのでした。


静兄は
30歳まで
うやむやと時間を延ばし

強引に一緒になることが
できましたが

当時は
そうはできない恋仲同士の
駆け落ちや
心中事件が

よく起きていたと
いうことです




また当時、


芸者さんは

社交的で美しく

とても人気があり、

妻に迎えたり
浮名を流した
著名人
沢山いたようです


静兄と結婚した
アき』さんも

美人なだけでなく、

とても気のつく
素敵な人柄の方だったと聞いています。


ある意味
最先端の女性と
大恋愛の末
結ばれた

静兄でしたが

当時の実家の人々には

おそらく

全く理解できなかったのでは
ないでしょうか。


父・弘三は

大反対して、

激昂のあまり

脳溢血でフラフラになった
そうでした。



そしてまた、

その後の
色々なことを
総合して考えていくと

この出来事は

山田守の

人生に


多大なる

影響を
与えたのではないか?





思えてならないのでした・・・・







次の更新につづきます






【50年めの大きな玉ねぎより】
お知らせ

2018年3月17日(土)17時〜18時

熊本市にて

僭越ながら

私 Y田Y子、

山田守の人となりについて お話させていただくことになりました。

2017寿チラシ表_最終


【イベント終了しました】


熊本レポまんがは
こちらのリンクより
次の記事へで進むと6話完結で読めます







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