50年めの大きな玉ねぎ

日本武道館・京都タワーを設計した 建築家の祖父 『山田守』をめぐる コミックエッセイ

日本武道館・京都タワーを設計した
建築家の祖父『山田守』をめぐる 
コミック・エッセイです

 

2017年05月



★★★


祖父が亡くなり
50年


節目の年と
いうことで 

南青山にある
自宅を

一般公開する
催しが
2017年4月にありました


祖父・山田守

大正から昭和にかけて
活動した 

建築家です。


戦前は
中央電信局(現存しない)
image

JR御茶ノ水駅
聖橋
image

戦後
長沢浄水場
image
(ウルトラマンのロケ等に使われました)



生涯に300以上の
  建築物を遺しましたが        


最期に
作った

京都タワー


日本武道館 


大きく
印象が強いため

代表作と 
言われることが
多いようです






祖父が

建築士として
仕事を始めたのは 
1920年です


大正から昭和へ

西洋の建築物が 

 試行錯誤を重ねながら
日本に取り入れられていく

その時流に 

丁度乗ることができた
祖父の人生は

建築を 
生業とする者として 

非常に幸運な
ものであったようです 
 
★ 

が、


祖父の人生を
背後で
支えていた  
祖母
の存在が
何も語られないまま


祖母が守った家を 
見て頂くのは

何か 
釈然としない気がして、

私は

少しでも
祖母のことを

来場して頂く方に
感じていただけたらいいなぁ

と思い、


ブログに

上記の漫画を
アップしてみたのでした…


次の漫画につづきます…




image
(2017年 庭の桜)



Casa ブルータス 記事
"没後50年で自邸公開!
建築家、「山田守」とは誰か。"







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IMG_6936


IMG_6938




雑誌「建築ジャーナル」さんに
ご依頼頂き、

山田守自邸について


エッセイと
イラスト図解を描かせて頂きました




4ページも頂いたのに、

いざ描いてみると
あらためて南青山の自宅を見直すと、

守が65歳の時につくった家のためか

祖父の特徴や人生が
詰まっているのだな、と
沢山の気づきがあり、

描ききれないことが沢山ありました。


この住宅も築60年近くなり、
日本の多くの住宅と同じく
いつまで存続できるのか
全く分かっていません

私は色々なことを調べるのに、
インターネットも助けになっていますが、

やはり紙に印刷された
資料が貴重だな、と思いを新たにする
ことが多く、

今回このように、
図書館などにも蔵書とされる雑誌に
家の記憶を描かせて頂き、

そこで暮らした人々の様子が
ずっと紙の本の中で残り、
伝わったらいいな、

と思いながら描いてみました。



●また、建築ジャーナルさんの
特集はとても面白く、

今回は、京大の立て看板の撤去の攻防をめぐる
話からの

大学の自治空間→大学寮

の話が取り上げられていて、

山田守が通った旧制高等学校の
自由闊達な雰囲気を残す
大学寮が

まだいくつも
運営されているのを知り

とても興味深く読みました。



よかったら
お手にとってご覧いただけたら幸いです


 

アマゾンの建築ジャーナルリンク

(各図書館などにも置いてあるようです)


※金沢編は現在構成中です
なかなか本編漫画を配信できず申し訳ありません

本編を上げられるまでは
少しずつですが
短いコラム漫画などを
アップしていこうと思っています


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H棟イラストレポブログ用300



●東海大学湘南キャンパスの H棟 が解体されることになり、

『解体を惜しむ会 』にお邪魔させていただいたので、忘れないうちに
当日の雰囲気を忘備録的に描いてみました

 一枚で終わらそうと思って描いたら
けっこう書くことあってぎゅうぎゅうに詰まってしまいました(汗
 
 拡大してご覧ください! 



★以下、H棟はすでに覆われてしまっていたので、
外観はほぼ同型の他の棟(A〜F棟)の写真を貼っておきます

IMG_5373
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ここからはH棟↓
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ライトアップ↓
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夜景
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★東海大学湘南キャンパスは、都心から少し離れていますが、
行って見ると、標高が少し高いせいなのか、
猛暑日でも過ごしやすく、
空気がきれいでさわやかでした。

空も大きく開けているので、
夕焼けや夜空とのコントラストもとてもきれい。

湘南キャンパス造成時のエピソードは
母からも色々聞いているので、
またいずれ描きたいです。


※※※

ブログ更新が遅くなって失礼いたしておりました

金沢編は調べることが多く、もう少しお時間くださいませ!

※※※

お知らせ

来たる9月1日発売の 雑誌『建築ジャーナルさんに、
山田守の南青山の自宅について
エッセイとイラストを4頁描かせていただきました

IMG_6433
2018・8月 夏の庭

自宅公開では触れられなかった
家の使い勝手なども描いてみました

書店やアマゾンでも予約できるようなので、
よかったら是非ご一読いただけたら光栄です。

また詳細、追ってお知らせいたします





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続きです

東海大学湘南キャンパス

2号館前を通り、

螺旋スロープが
ぐるぐると印象的な

3号館へ向かいます

IMG_3886

3号館を背に、

山田守の胸像
建っています。

IMG_5360

東海大学は、

戦前

政治・経済・法律
を学んだ人々に比べ
待遇が
低かった
理系技術者
の地位を

改善しようとした
技術者運
リーダー的存在であった
松前重義
が、

政府や財界から
お金を貰わないで、

技術者が独自で
技術者の学校を作ろうとした
のが

建学の始め
だった
そうです。

※参照:「東海大学建学の記」松前重義著

松前文庫No.24 記事
「戦前の技術者運動と山田守氏と建築と」
片山隆三




山田守は

逓信省(NTT・日本郵政の前身)
同僚となった
松前氏の考えに
共感し、


東海大学関連の
ほとんどの建物

設計料を取らず
設計し、


黎明期の大学に
鉄筋コンクリート造の
斬新なデザインの校舎を
建てることで

入学者の増加に貢献したり、


自らも教鞭を執り
後進の育成にも
努めたということです。




IMG_3835
像の後には
像建立協力者の名前が
沢山刻まれています。


東海大学の建学に
尽くしたとはいえ、

守もまた、
このような広大な敷地に
自分の思いを
反映させることができる
仕事を頂き、

建築家冥利につきる
晩年だったのではないでしょうか。




IMG_3824

IMG_3766
ところで

この像は、

長崎

日本二十六聖人記念碑
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(Wikipediaより引用)
有名な
彫刻界の大家、

舟越保武先生によるものです。
(背後に舟、とサインがあります)


舟越氏は
まだ若かりし時期
友人の紹介で
東海大学で山田守と出会い、
採用され、

建築学科で
デッサンを教えるようになったそうです。



守は

白樺などを通じ
当時の美術界にも
親しんでおり、

ロダンにも
強い
シンパシーを感じていた
そうです。

一方
舟越先生
かつてベストセラーとなった
高村光太郎訳の
ロダンの言葉」
を読み
彫刻をほとんど見たことがないのに
彫刻家になる意思を固めた

という逸話の持ち主なので
(※「巨岩と花びら」舟越保武)

二人はさぞ
ロダンの
芸術論で
話に花を咲かせたのでは
なかったでしょうか。


(ちなみに東海大学にある
別のモニュメント
星を仰ぐ青年の像
舟越氏によるもので、
こちらは長崎の二十六聖人像の
秀作とも位置づけられ、
同じ顔が聖人の一人に
採用されているそうです)






さて、私には
胸像について、
ひとつ疑問がありました。


私が聞いたり、
資料を読んだりして
掴んだ

山田守
という人物像は、

とにかく功名心の無い人で、

死後

自分が
胸像になり、
飾られる
などということは

むしろ
喜ばない
タイプの人間だったのでは?
ということです


IMG_3807

しかし、


舟越先生は
回想の中で、

山田守は

彫刻についても
鋭い批評力を
持っていた
と語っており、


温顔の下に秘められた
厳しい力と気品を
どう表現するかが
課題だった

語っていらっしゃいました。


  
それを知り、

また、

山田守の一生を
調べ、

力ある後輩に
仕事や経験の機会を
どんどん与えていたらしい
姿を
知った今、



改めて
胸像と

対峙して
見てみると…



芸術を愛し、

奮闘する同士への
エールを欠かさなかった
守自身が

惚れ込んだ才能である
舟越先生の
作品として、

自分の姿を提供したことに、


大きな誇りを
感じている
ように
見えてきた

でした







(つづく)



⭐️お知らせ⭐️


IMG_5830
でお世話になった
熊本ビル部さんの
熊本の建築の魅力を伝える
展示会が

くまもと森都心プラザ図書館
7月8日(日)〜31日(火)まで
開催中されています


Y子の熊本レポも
ページに落としたものを
展示させて頂くことになりました
IMG_5831
私の漫画はブログと同じなので
アレですが、

熊本ビル部さんの
女性目線の
親しみやすい展示で、

熊本が

いかに
熊本城を中心とした

豊かな建築群に
恵まれた場所か

より沢山の方々に
周知されたら
幸いです!

近郊の方々、ぜひ
会期中
お立ち寄り下さい!
(o^^o)



東海大学湘南キャンパス
H棟解体を惜しむ会  7月19日(木)
懇親会のみ予約要
IMG_5672

山田守  

旧千住郵便局電話事務室
(1929)
docomomo japanに
認定されたそうです
🎉
ありがとうございます


 
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